もし今
自分の人生がうまくいっていないと感じている人がいたとしたら
そんなときは
こんな風に考えてみるのが良いと思います
それは
世界の中で
自分の役割は何かを考えてみることです
若い頃は
なんでも可能性に満ち
なんでもできる感があったと思います
でも
40も過ぎると
段々落ち着いてきて
自分ができる選択肢が
限られていることが分かります
もっと年を重ねたら
もっとそんな風に思うのかもしれません
これは単に
選択肢がせばまって
生きにくい
そんな風に捉えがちですが
実際には違うんです
たしかに
選択肢はせばまっていることでしょう
でもしかし
せばまっているかもしれませんが
深みは増しているのです
人生とは単に
選択肢がせばまると
あの人はこんな人だからと
相手を軽んじる傾向にありますが
それは相手の深みが
見えていないからです
というかむしろ
見えなくて当然なのです
だって物理的に考えても
深ければ
距離があればあるほど
その深みまで
目が届かないからだとも言えます
近くにいる人ではないと
いや近くにいる人でさえも
その人の深みなど
見えるはずもないのかもしれません
人間の深みはその本人でさえも
理解していないこともあるかもしれないので
他人は余計にわかりません
自分が深みにいることを
いつかはわかる日が来るのかもしれませんが
そんな風に客観的に、俯瞰的に見える日は
訪れるのかどうかさえもわかりません
ということで
人間とは選択肢や可能性が少なくなればなるほど
その行動や思考には深みが増して
より慎重に
より意味のある行動になったりします
意味のある行動というのは
制限時間が限られている中で
いかに効率よく
かつ
効果的な行動をとることに
敏感になるのか
つまりアンテナを張り巡らしいる数も
多いという事にもなるし
普段誰も気づかないことも
より深い部分で感じることができる
察知することができるという事になります
神経が研ぎ澄まされて
今まで体感したことのない
ある意味ゾーンに入っている状態になる
それがあまりに自然にできてしまうことで
本人も他人も起こっている事実に気づかない
なんてことは日常茶飯事に
誰にも起こっている事実なのかもしれません
一人の人間がひとりの人間の評価をするとき
正確にその人を評価できるかというと
これがなかなか難しくって
正当な評価ができるなんてことは
基本的にあり得ません
推測はできても
当てられるなんてことはありません
そう考えると
他人の評価なんて
あてになることなどないのです
・・・
という風に
ある意味こじつけのような感覚はありますが
いろいろつなげて考えると
こんな考え方に行きつくということになります
世界の中で
自分の役割を考える
一度考えてみてはいかがでしょうか?