ソンチョル’s blog

日々の生活で感じた思いをブログに載せています🍅

ちょっと猶予が無さすぎるんじゃないかな?

ちょっと猶予が

無さすぎるんじゃないかな?

仕事してて思うんですけど

そもそも

いちいち人の行動を指図してきたり

人の行動を制限してしまう人が

なんだかとても多いようなきがするのは

僕だけでしょうか?

ひとは自由度が無くなると途端に

パフォーマンスが落ちます

何か失敗をしたとしても

その失敗を許容範囲内として見てあげて

その人に悪気はなかった

たまたま失敗しただけだ

と周りの人が考えてあげることが

あとあとになって

逆にリターンが大きいと思うんですよね

というのも

失敗やミスは

正直誰にだってあるわけで

それが表ざたになるかどうか

だけなのではないかと

思ってしまうんですよ

もちろん

たくさんの失敗や

道路からはみ出るような行動を

しているから

そういう風に

表ざたになるのかもしれないけど

そもそも

そんな自由許容度が大きくないと

そもそも

リターンも大きくは

ならないと思うんですよ

要は

失敗や過ちを

本人がまず気付く前に

周りが騒ぎ立てるものだから

あたかもその人が

ものすごい悪事を働いた

感覚を持つけど

冷静に考えると

そうでもないこともそれなりにあること

なんですよね

本当に悪意があって

人様のものを奪ったりしたら

それは法によって罰せられても

何も言えないかもしれないけど

とにかく

自分で過ちに気付かないと

本当の改善にはならないと思うんですよ

だって

他人からこうだああだと言われても

確かに正論かもしれないけど

そもそも

どの立場でものをしゃべっているの?と

逆に聞きたくなります

そんなことを頼んだ覚えもないし

そもそも

そんな余計なことなど

してほしくも頼んでもいない

なのにもかかわらず

当たり前のように言うのは

おかしい話なんです

本当にその人のことを思っているのなら

ちゃんと許容範囲内で

考えさせる必要があるのです

時間をかけて考えて

ちゃんとした自分の中での

過ちや行き違いみたいなものを

修正したり改善したり

そんな時間のかかる作業を

本人だけに任せないといけない

のだと思うんですよ

それを他人が言ってしまえるものだから

自分が深く反省する前に

横やり入れられたら

そもそも深く反省もできない

そんな状態だから

いつまでも改善もされないで

なにも良くはならない

そんな状態になるのではないでしょうか?

悪質的にそもそも

軌道からずれまくっているのならまだしも

そんな状況でもないのに

なんでそんなに

人のことを平気で

物事を言えるのか

その理由は

何も考えてなどいないからです

自分が正当性さえ主張できれば

自分が間違っていないから

他人がどうなろうと知ったことではない

そんなところでしょう

そんな集団や社会や職場は

そもそも

その集団や社会や職場が

何の価値もない事を

裏付ける結果となるのです

もう少し許容範囲度を

増やしてあげましょう

もう少し

人の失敗やミスを

許容範囲内と認めて

それが改善するように

経過観察してあげましょう

正直言ってせっかちというか

リターンを早くに求めすぎている

としか思えません

誰だってミスはやります

しない人なんていません

矢面に立つのは

いつかあなたかもしれないんですよ?

そのことを重々承知したうえで

言っているんでしょうね?🐍

 

hanamaro.jp

 

許す生き方

人は、なぜ他人を許せないのか?

人を許すことで人は許される (PHP文庫)

どうしても「許せない」人 (ベスト新書 171)

いつまでも消えない怒りがなくなる 許す練習

人を許す勇気

寛容力のコツ: ささいなことで怒らない、ちょっとしたことで傷つかない (知的生きかた文庫 し 49-1)

自分を許す心理学――疲れない生き方の処方箋 (知的生きかた文庫)

生き方

仕事・人間関係 どうしても許せない人がいるときに読む本 (中経出版)