問題意識はざっくばらんな話から始まる
生活をしていて
友人と何となく食事をしながら
意外な情報を入手した時
いろんな話の中でなぜか
その情報が気になり
日常生活で度々その話題になった内容を
思い返すこと、つまり
自分の中の引っかかりに
気づく時があります
そんな話は真面目な学生時代の授業や
職場でのやりとりなどで
芽生えるのではなく
主にプライベートで人と話している時に
なんとなくその内容に対して
問題意識を持つようになるものです
持った問題意識は
自分の中の振るいに掛けられ
何時間も何日も
そのことに対して試行錯誤と言う
フリーザーでぐるぐる回り始める
そしてようやく残った何かに
行動を移すだけの理論づけと
自分を納得させられるだけの
材料が出来上がり
やがて人間はその多くかかった
時間と労力とお金によって
突き動かされる
人間社会の仕組みとも言える
個人レベルでの話は
そんな人間行動学に基づき
行われていると仮定できるのである
だから人との食事は
自分の生活に対する問題意識を
高める一つの材料になると
言えるのではないかと思うのです
とりわけ人生は
そんな過程を通して
豊かな人生の足掛かりとする
そうなっているのではないかと
推測できるのである
色んな情報の中で
自分を活かしてくれるような情報は
後々の自分の人生を
豊かにしてくれる
大きな宝物になる可能性のほうが高い
だとすれば友人との会食も
ただ食事をするにとどまらず
ざっくばらんな話をしながらも
独自の考え方をそこに照らし合わせて
意見交換する
意見を聞いてみる
意見を言ってみる
言ってみて相手の反応はどうなのか
言った自分の感触はどうなのか
その会食の後に
自宅に帰って感じた感触は
どうだったのか
そんないろんな感じる場面を
自分の人生と照らし合わせて
今後の自分の進路というか
人生の方向性を見つけ出す
舵を切るべきなのか
このまま行くべきなのか
打開策はあるのかないのか
やれそうなのかどうなのか
そんなことを試行錯誤するものです
毎日はただ何となく
過ぎているだけではなく
そういった日々の生活の中で
培った試行錯誤によって
行動が決められていると思います
そして歳月がかかっていけば行くほど
自分の寿命も短くなっていくため
その精度というか精密度が
変わっていくのである
つまりもっと濃厚な人生の味を
知るようになるのである
年を重ねれば重ねるほど
自分の人生の重みを感じるようになるし
選択肢がどんどんなくなっていった先に
本当にやりたいこと
実現可能な事が
見えてくるのではないかと存じます
10代よりも20代
20代よりも30代
30代よりも40代と
年齢を重ねれば重ねるほど
自分の人生の濃さ加減が
より濃密になっていく
話を振り出しに戻すと
そんな濃密になるきっかけは
友人との会食なのかもしれない
だから人間はその問題意識を持つため
ざっくばらんな話をするのですね
ご飯を食べるだけなら
家でも十分できます🐲









