言葉も使っていけばいくほど
使えるようになります
物事は大体
そこに携わっていけば
なんとなく
使えるようになります
できるようになります
わかるようになります
覚えるようになります
適応できるようになります
耐性が付きます
これは僕だけなのかもしれませんが
人間というのは
嘘でも方便でも
その言葉や単語を使っていくと
使えるようになるのではないかと
思うのです
というのは
発声することによって
その言葉を一番近くで聞いているのは
まぎれもなく
その発している本人なのです
誰かに怒っている言葉も
その人に怒っているのかもしれませんが
その言葉を一番近くで
大きな音で耳に入っているのは
その人本人なのです
だから
本当はこんなことが言えるのかも
しれません
怒っているのは
自分に怒っているのだ
な~んて・・・
僕はよくわからない言葉も
そんな言葉は知らないから使わない
なんて機能が働く時も
もちろんありますが
使ったことないけど
本当の意味もちゃんと理解してないけど
とりあえず
こんなニュアンスだったかなぁ~・・・
というような心理状態で
適当に使ったりします
ちょっと意味合いが違ったり
場違いな時もありますが
ちゃんと意味は通じるのであれば
それでいいのではないかと思うのです
このブログで
こんな書き込みをしているのも
自分の頭の中を整理するために
行っているのであって
けして
人の為なんかのために
やっていることなどではありません
自分が行っている行動も
自分のために行っているのです
本題に戻すと
使ったことないから
そんな言葉はつかえない
意味が分からないから
そんな言葉はつかえない
もちろん慎重になるのは
悪い事ではありませんが
同時に
自分の可能性を一つ消しているというか
そんな要素もあるのではないかと
思うのです
たとえ間違えても
その言葉や単語を使う事で
自分の脳に
その言葉の意味って何だっけ?
って残ると思うのです
残っていたら
検索してみたいと思いますし
検索したら
ひとつずつ
謎や意味合いが
わかってくるものだと思うのです
だからちょっとわからなくても
とりあえずその言葉を言ってみる
そんな単語使ったことないけど
一旦使ってみる
なんてことを
無意識のレベルで続けることができれば
ちゃんといろんな言葉を
多彩に
ボキャブラリーあふれる文章が
言えるのではないかと思うのです
発生するという事は
脳裏に焼き付けること
脳裏に焼き付ける行動は
のちにちゃんと
その言葉を正しく
適切に使える
第一歩となる
そう前向きにとらえて
何事も向き合っていきましょう
これは何も
言葉を発するだけに
とどまらないことなのかも
しれませんが・・・🐲









